勤めている会社で60歳の定年を迎えた時の選択は「再雇用」が主流だ。しかし、定年を迎えるまでに「転職」する動きも決して小さくはないようだ。言い換えれば、60歳の定年を迎えた時に違う会社に「転職」(再就職)する者は少数だが、定年前に長年勤めた会社から他の会社に「転職」し、「転職」した会社で60歳を迎える者は少なくない。つまり「転職」も定年世代の有力なキャリアパスになっている。ただし、積極的な選択として「転職」するサラリーマンは60代よりも50代の方が多いようだ。
50歳からの定年世代のキャリアパス
サラリーマンの50歳から年金支給が始まる65歳までのキャリアパスとしては、
- 60歳以降も正社員として同じ会社に勤める(65歳までは定年がない)
- 60歳定年後も継続雇用制度(再雇用・勤務延長)で同じ会社に勤める
- 60歳定年の前に(50代のうちに)違う会社に転職(再就職)する
- 60歳定年を機会に違う会社に転職(再就職)する
- 継続雇用制度(再雇用・勤務延長)の期間中に違う会社に転職(再就職)する
- 定年前、あるいは60歳の定年以降に起業する
- 定年前、あるいは60歳の定年以降にリタイアする(就業しない)
といったものが考えられる。こうしたキャリアパスのうち、サラリーマンがどの経路を進んでいるのかについては、2019年(令和元年)8月にリクルートワークス研究所が公表している「全国就業実態パネル調査(JPSED)」の分析報告書のデータが興味深い。
この報告書のデータによれば、50歳時点で勤めていた会社から他の会社に「転職」した者の割合は、54~55歳で15%程度、56~59歳で20%~25%に上昇し、60歳の時点で30%の水準まで高まる。つまり、 50歳時点で会社で働いていたサラリーマンのうち、その後転職して違う会社で60歳を迎える者が30%存在するということだ。同じ報告書のデータでは「再雇用」を含めて60歳の時点で同じ会社に継続して勤めている者は約55%であり、それと比較しても、50代のうちに「転職」して違う会社で60歳を迎える者は決して少なくないと言えそうだ。
また、同じデータによれば、「転職」した者の割合は61~63歳には40%の水準に上昇している。つまり、この割合は60歳で定年退職した後の年齢層でさらに10%ポイントほど高まっている。60歳を過ぎるとリタイアする者も出てくるが、60歳の定年を機会に「転職」する者や、一旦「再雇用」を選択したものの、「再雇用」が終わる前に「転職」する者も一定数存在するということだろう。他方で、「再雇用」も含めて同じ会社に勤め続けている者の割合は60歳から63歳までの期間に20%ポイント以上低下する。
また、同報告書のデータを見ると、企業に雇用の確保が義務付けられている65歳を過ぎると、年金が全額支給されるようになることもあり、リタイアする者や起業をする者が増えるようだ。
定年世代の積極的な選択としての「転職」
「再雇用」だけでなく「転職」も定年世代の主要なキャリアパスになっていることはわかったが、定年世代の選択肢としてどう考えるかは、50代以降に行われる「転職」がどういう理由や経緯で行われているかを踏まえる必要があるだろう。
同じ50代での「転職」でも、半ば社命を受ける形で子会社やグループ会社に転籍(転職)し、そこで60歳以降も働く者がいるが、それは形としては「再雇用」と似たものであり、ある意味で受け身な選択と言える。他方で、自らの意思で積極的に違う会社に「転職」することを選択する者もいるわけだが、精神的な負担や背負うリスクはこちらの方が大きいと言える。そうした積極的な選択としての「転職」をする者はどれくらいいるのだろう。引き続き「全国就業実態パネル調査」の分析報告書のデータにより見てみたい。
同報告書により年代別に転職理由を見ると、複数回答ながら、50代では、前職に対する不満や不安、新たな挑戦のためといった自らの意思に基づく「積極的な理由」が54.0%と半数以上となっており、 勤務先の倒産、解雇、退職勧奨、転籍などの「会社都合」は38.1%である。「積極的な理由」の中身は経済的なものに限らないだろうが、希望する条件での「転職」が全く叶わないために「転職」を断念した者もいるだろうことを考えれば、半数を超える者が受け入れ可能な条件で「転職」を果たしているわけであり、定年を控えた50代での「転職」は十分検討に値する選択肢であると言えそうだ。
これに対し、60代では、定年などの「会社都合」が61.4%を占め、「積極的な理由」は32.9%に止まっている。自らの考えに基づく積極的な「転職」は50代の方が多いわけだが、一般的には歳を重ねてからの「転職」より、早めに勇気を持って行動する方がより有利な条件で「転職」できる可能性は高く、将来にも希望が持てるという判断が働くということなのだろう。実際、同報告書には、同じ50代であっても50代前半に「転職」した者の方が「仕事に満足している」者の割合が高いという調査結果が紹介されている。定年世代での「転職」は早めに検討を始めた方が良さそうだ。
「転職」のメリットや留意すべき点
「転職」も「再雇用」と同様に会社に勤めることになるので、給料という形で安定して収入を得ることができる。他にも、一定の要件を満たせば、厚生年金に加入して将来受け取れる年金の額を増やせることや、健康保険(組合健保・協会けんぽ)に加入できることほか、労災保険の補償対象になることも自営業やフリーランスとの比較ではメリットとなる。ただ、会社で働くということは、働き方の自由度という点では自営業やフリーランスに比べれば劣ることになるだろう。
「再雇用」との比較では、「転職」の場合は自分の意思で新たな分野に進むことができることや、人間関係などで過去のしがらみから解放されることなどが、それらを望むのであれば、メリットであると言えよう。また、「再雇用」の場合、現在は65歳が限度となるが、「転職」の場合は会社によって65歳以降も同じ会社で働き続けることができる可能性がある。
他方、留意すべき点としては、積極的な「転職」を行うためには自力で職探しをする必要があり、自分が望む転職先を探すためには「再雇用」の場合には不要な労力を要することになるという点を挙げることができる。また、転職先が本当に期待したとおりの会社であるかどうかは、実際に転職先で働いてみないとわからない。したがって、自分自身で肯定的な結論が出せるまでは「転職」という選択が正しかったのだろうかという不安感を抱えることになる可能性もあるだろう。
まとめ
厚労省の調査によれば、働いている会社で60歳の定年を迎えた時点での選択としては「再雇用」が主流だ。しかし、「全国就業実態パネル調査」報告書のデータによれば、定年前に「転職」している者やリタイアする者などを合わせた全体で見ると、「再雇用」を選択する者は全体の30%程度(該当者のすべてが「再雇用」になると見られる61歳時点の再雇用者の割合)に過ぎない。つまり、60歳定年の時点だけでなく、期間に幅を取って60歳前後のサラリーマンのキャリアパスの動向を見ると「再雇用」が飛び抜けたメジャーな進路というわけではなく、「転職」も定年後を考えるうえで有力なキャリアパスとなっている。
ただ、50~60代の「転職」の中でも、自らの意思に基づく積極的な「転職」はより若い層の方が多い。その背景には、一般的に考えてより若い方がより有利な条件で「転職」できるだろうという判断があるものと見られ、実際、同じ50代で積極的な「転職」をした者の中でも50代前半に「転職」した者の方が仕事に満足している者の割合が高いという調査結果がある。60歳の定年の前後に「転職」を考えるのであれば、より早い時期に検討を始める方が良いということだろう。
「転職」も「再雇用」も会社に勤めることになるという点で、社会保険も含めた経済面で安定が見込める選択であると言える。そのうえで、しがらみから解放されて新たな道に進みたいということであれば「転職」は有力な選択肢だ。ただ、その前提として、自らの意思で職探しをするためには「再雇用」では不要な労力が必要になることや、「転職」に伴う不安な気持ちを乗り越えなくてはならないことを考慮に入れて置くべきだろう。
(参考文献)
リクルートワークス社 Works Report 2019 「再雇用か、転職か、引退か ―『定年前後の働き方』を解析する―」全国就業実態パネル調査 2019(2019年8月発行)
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